鷲別子ども獅子舞

 発祥は古く平安時代に、東北の奥州征伐にあたった将軍大伴騎河麿呂が奥州地方の鎮護にあたり、荒漠たる大崎耕土に目をつけ開拓を志し、豊受大神ご神体とする、加賀の白山妙理菩薩を作神様として箟岳山に建立し農業の振興をはかり豊作を祈願した時に舞ったのが獅子舞です。

 その後、東北各地より作神様の信仰者が集まり、種粒の交換が行われ獅子神楽を行い神のご利益に応えたのが現在の獅子舞です。その後神びとが獅子頭を持ち回り村々を訪れ、悪魔の退散・五穀豊穣・家族安泰を願い行ったのが現在の形であります。
 
 昭和50年6月吉日、明治に建て風雪に耐え抜いた、鷲別神社が神殿落成され記念になる行事として当時宮城県遠田郡桶谷町で獅子舞の師匠を張った草岡久雄氏が獅子舞を提案し、前身の鷲別獅子舞を創作し、昭和62年4月1日に鷲別連合町内会が中心となり鷲別小学校及びPTAの協力のもと、現在の鷲別子ども獅子舞が発足し、活発な活動を行っています。

 毎年、5月に鷲別小学校の児童より新会員を募集し、30人から40人くらいの子どもたちが、1学期・2学期間を練習期間として、継承活動に取り組んでいます。

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